京都地方裁判所 平成10年(モ)3129号 決定 1999年3月01日
申立人(原告)
屋嘉比ふみ子
右訴訟代理人弁護士
久米弘子
同
中村和雄
同
大脇美保
同
村松いずみ
相手方(被告)
株式会社京ガス
右代表者代表取締役
牛尾宏二
右訴訟代理人弁護士
益田哲生
主文
一 相手方は、別紙文書目録記載の各文書を提出せよ。
二 申立人のその余の申立てを却下する。
理由
一 申立ての要旨
1 申立人は、相手方に対し、民訴法二二〇条四号に基づき、相手方左記従業員の、各従業員入社時以降平成一〇年三月までの賃金台帳の提出を求めた。
記
昭和五六年から平成一〇年までに相手方に採用された全従業員(申立人及び中途退職者を含む全男女従業員。ただし、工員を除く。)
2 相手方は、賃金台帳は民訴法二二〇条四号ロないしハに該当し、また、取調べの必要性がないと主張して、その提出義務を争っている。
二 当裁判所の判断
1 賃金台帳は、使用者が労働基準法一〇八条、一〇九条の規定に基づき、各労働者について、その氏名、性別、賃金計算期間、労働日数、労働時間数、基本給など賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額等を記載するものである。
相手方は、賃金台帳が民訴法二二〇条四号ロないしハに該当する旨主張するので、以下検討する。
(一) 民訴法二二〇条四号ハ該当性について
相手方は、賃金台帳は、従業員個人の賃金に関する情報の管理だけを目的として作成される文書であるから、専ら文書の所持者の利用に供するための文書、すなわち、自己使用文書に該当する旨主張する。
しかしながら、賃金台帳は、労働基準法によって作成を義務づけられているのであって、必要な場合には監督官庁等に提出させることを目的としているものであり、このような文書は、民事訴訟において提出されることも予定していると解するのが相当であるから、自己使用文書には該当しないものというべきである。
(二) 民事訴訟法二二〇条四号ロ該当性について
相手方は、賃金台帳は、民事訴訟法二二〇条四号ロが定める「職業の秘密に関する事項」(同法一九七条一項三号)で「黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」に該当する旨主張する。
しかしながら、同法一九七条一項三号にいう「職業の秘密」とは、その秘密が公表されると、その職業に経済上重大な打撃を与え、社会的に正当な職業の維持遂行が不可能又は著しく困難になるようなものをいうと解すべきところ、従業員の賃金や労働時間の状況等が公開されたとしても、相手方の業務遂行が不可能又は著しく困難になるような事情を認めることはできないから、賃金台帳が、同法二二〇条四号ロに該当する文書であるということはできない。また、自己の賃金を公表されたくないという従業員のプライバシーは、保護に値しないものではないが、その公表によって生じる不利益は、賃金台帳を提出させ、適正な事実認定をすることによって得られる利益を上回るほど重大なものではないと考えられるので、従業員のプライバシーを根拠に文書提出義務を否定することはできない。
2 以上によれば、賃金台帳は、民事訴訟法二二〇条四号のロないしハに該当する文書であるとはいえないので、相手方には、その提出義務があるというべきである(なお、相手方は、証拠調べの必要性を争うが、本件原告の請求の内容に鑑み、その立証のため、本件申立てをしている賃金台帳を取り調べる必要性があると認められる。)。
そして、賃金台帳は、法令上三年間の保存が義務付けられているところ、相手方提出の平成一一年一一月二六日付け意見書の記載によれば、相手方は、従業員の平成三年以降の賃金台帳についてはこれを所持しているものと認められるが、それ以前のものについては、全証拠によっても、これを所持している事実を認めるに足りない。
そうすると、申立人が提出を求める賃金台帳のうち、相手方に対し提出を命ずべきものは、平成三年以降平成一〇年三月分までのものということになる(なお、賃金台帳の氏名欄を削除して提出させることも考えられないことはないのであるが、相手方において、相手方規模の会社では、たとえその氏名欄を削除しても、従業員の個人名を特定することは容易に可能である旨主張しているので、そのような提出方法は採らないことにした。)。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 松本信弘)
<別紙> 文書目録
相手方左記従業員の平成三年以降平成一〇年三月までの賃金台帳
記
昭和五六年から平成一〇年までに相手方に採用された全従業員(申立人及び中途退職者を含む全男女従業員。ただし、工員を除く。)